コモンズのガバナンス
高校生向けのやさしい解説
みんなで使える牧草地や漁場は「放っておくと取り尽くされて崩壊する」と長年言われてきました(コモンズの悲劇)。でもオストロムは、スイスの山の草地や日本の入会林など世界中の実例を丹念に調べて、当事者同士がルールを作って何百年もうまく管理している例がたくさんあることを示しました。国に任せるか民営化するかの二択ではなく、「自分たちで決める」という第三の道がちゃんと成り立つ——これでノーベル経済学賞を受けた本です。
概要
本書は経済学者・政治学者の Elinor Ostrom(1933–2012)が1990年にケンブリッジ大学出版局から刊行した代表作である(2009年ノーベル経済学賞受賞の主要業績)。「コモンズの悲劇」「囚人のジレンマ」「集合行為の論理」という三つの影響力ある理論モデルが共有する前提——すなわち「個人は利己的に行動するため共有資源は必ず過剰利用される」——に対して、Ostromは世界各地の実際の事例を詳細に分析し、利用者自身が長期に機能するガバナンス制度を自発的に形成できることを実証した。外部からの規制(レヴァイアサン)も私有化(民営化)も「唯一の解」ではなく、自治的な集合行為が第三の道として成立し得ることを示した。
主要概念
コモンズ(共有資源プール: CPR)
Ostromが分析するのは、(1)利用から誰かを排除するコストが高く(非排除性)、(2)ある利用者の消費が他者の利用可能量を減少させる(競合性)という資源——「共有資源プール(Common-Pool Resources: CPR)」である。牧草地・漁場・地下水盆・灌漑水路・山岳の森林などが典型例として取り上げられる。
三つの影響力あるモデルへの批判
- コモンズの悲劇(Hardin 1968): 共有牧草地では各牧者が自己利益を追求して過放牧し破滅に至るという寓話。
- 囚人のジレンマ: 相互協力が可能でも個人の合理的選択が協力失敗をもたらすゲーム理論的状況。
- 集合行為の論理(Olson 1965): 集団の共同利益のために個人が自発的に貢献することはない、という主張。
Ostromはこれらが「メタファー」に過ぎず、現実の利用者が制度を形成・変革する能力を無視していると論じる。
長期継続する自治ガバナンスの8原則
スイスの高山草地・日本の農村共有林・スペインのバレンシア灌漑制度・フィリピンのザンヘラ灌漑コミュニティなど成功事例の比較から、Ostromは自治ガバナンスが長期的に機能するための設計原則を抽出した。
- 明確な境界の定義: 誰が利用者でCPRがどの範囲かを明確にする
- ローカル条件との整合性: 割当・利用ルールが地域の生態・社会条件に合致している
- 集合的選択の場: 利用者自身がルール変更に参加できる
- モニタリング: ルール順守状況と資源状態を監視する仕組みがある
- 段階的制裁: 違反に対して軽い制裁から重い制裁まで段階がある
- 紛争解決機能: 低コストで利用できる紛争調停の場がある
- 組織化の権利の承認: 外部権力がローカルな自治組織を認め介入しない
- 入れ子状の組織: 大規模な資源では複数の入れ子構造の組織が存在する
制度変化の分析
第4章では南カリフォルニア地下水紛争の事例を詳細に分析し、制度がいかに段階的・逐次的・自己変革的に変化するかを示した。関係者間の交渉・訴訟・地区形成・ポリセントリックな公企業ゲームの連鎖として制度変化が描かれる。
制度的失敗の分析
成功事例と対比して、トルコ・カリフォルニア・スリランカの失敗事例も分析される。外部介入による制度破壊・情報不足・信頼の欠如・不適切な制裁設計などが失敗要因として特定される。
書誌情報
- 著者: Elinor Ostrom
- 年: 1990
- 出典: Cambridge University Press, Political Economy of Institutions and Decisions series
- access_status: raw-confirmed
- DOI: 10.1017/CBO9780511807763