ナイジェル・クロス
高校生向けのやさしい解説
学校の科目は「理系」と「文系」で分けられがちですが、デザインはそのどちらにもうまく収まりませんよね。クロスは、そこにもう一つ「ものを作る人たちの知のかたち」があると主張しました。設計者はあえて完全な答えが出ない問題に取り組み、解の試作を通じて問題を理解していく——その独自の考え方は、科学・人文と並ぶ第三の文化なのだ、というのが彼の代表的な提案です。
概要
Nigel Cross(Design Discipline, Open University, UK)は設計研究の基礎を築いた研究者であり、1982年の論文 “Designerly Ways of Knowing”(Design Studies 3(4), pp. 221-227)で、設計を科学 (sciences) や人文学 (humanities) に並ぶ「第三の文化(third culture)」として措定した。
この論文は Royal College of Art の Bruce Archer らによる研究プロジェクト “Design in general education” の議論を引き継ぐものである。Archer は設計を「Design with a capital D」と呼び、「物質文化の集積された経験と、計画・発明・製作・実行の技芸に体現された知識と理解の集積体」と定義した (p. 221)。Cross はこの主張を教育哲学の基準(Peters の3基準: 価値ある知識の伝達、適切な探究方法の訓練、文化の信念体系への参入)に照らして検証し、設計教育が職業訓練としてではなく一般教育として本質的価値 (intrinsic value) を持つことを論証した。
Cross は3つの文化を以下のように対比する (pp. 221-222):
| 側面 | 科学 | 人文学 | 設計 |
|---|---|---|---|
| 対象 | 自然界 | 人間の経験 | 人工物の世界 |
| 方法 | 実験・分類・分析 | 類推・比喩・批評 | モデリング・パターン形成・統合 |
| 価値 | 客観性・合理性・真理 | 主観性・想像力・正義 | 実用性・創意・共感・適切さ |
本プロジェクトとの関連
クロスの「designerly ways of knowing」は、デザイン思考統合レポートにおいて3層モデル(designerly thinking / Stanford-IDEO method / business design thinking)の第1層として位置づけられている。
原典に照らすと、クロスが強調する設計者の「構成的思考(constructive thinking)」は March (1976) を経由して Peirce の「アブダクティブな推論」に接続されている (p. 226)。「科学的方法は存在するものの本質を見つけるための問題解決行動のパターンであり、設計方法はまだ存在しない価値あるものを発明するための行動のパターンである」(Gregory, 1966; p. 224)という区別は、欠損駆動思考が「棄却される誤差を問いとして拾う態度」として独自の認識論的位置を与える試みと構造的に近い。設計が「あるべきだが、ない」ものを扱うという Cross の前提は、欠損駆動思考の出発点と共鳴する。
また、Lawson の実験で示された設計者の solution-focused strategy(問題分析ではなく解の試行を通じて問題を理解する)(p. 224) は、欠損駆動思考が仮説検証ではなく「欠損の読み取り」から出発する態度と方向を同じくする。
主要な知見・引用
5つの designerly ways of knowing (p. 226)
Cross は論文の結論部で、設計者固有の知の5側面を以下のように要約する:
- 設計者は「非定義的な (ill-defined)」問題に取り組む
- 問題解決のモードは「解志向的 (solution-focused)」である
- 思考のモードは「構成的 (constructive)」である
- 抽象的要求を具体的対象に翻訳する「コード」を使用する
- これらのコードで「オブジェクト言語」の「読み」と「書き」を行う
Lawson の実験 (pp. 223-224)
Bryan Lawson の実験(建築系大学院生 vs 科学系大学院生の問題解決戦略の比較)を引用。「科学者はルールを発見することに注意を集中し、建築家は望ましい結果の達成に集中した。科学者は概して問題焦点的戦略を採用し、建築家は解焦点的戦略を採用した」(p. 224)。この差は教育によって学習されるものであり、低学年では差が見られない。
satisficing と primary generator
Simon (1969) の「satisficing(満足化)」概念を引き、設計者は最適解ではなく満足解を比較的素早く生成すると指摘 (p. 224)。また Darke (1979) の「primary generator」概念 — 設計者が問題を管理可能な範囲に限定するために課す枠組み — を参照し、「問題を変えることが解を見つけるための最も困難で重要な部分」(Jones, p. 224) と述べる。
非言語的コードと物質文化
設計者の知は大部分が暗黙知であり、言語化が困難。設計者は図面・ダイアグラム・スケッチなどの非言語的コードを通じて思考し、物質文化の「読み」「書き」を行う。Douglas & Isherwood (1979) の「metaphoric appreciation(比喩的把捉)」概念を援用し、物質文化のオブジェクトを「思考に適した商品」として扱うことの意義を論じる (p. 225)。
ソース参照
knowledge/research/design-thinking/design-thinking-integrated.md— 系譜表 (1982年)、designerly thinking 層の記述- Cross, Nigel. “Designerly Ways of Knowing.” Design Studies 3(4), 1982, pp. 221-227