ドナルド・ショーン
高校生向けのやさしい解説
美術の時間に絵を描いていると、線を引いた瞬間に「あ、この余白いいかも」と予想していなかった発見がありますよね。ショーンは、設計者や職人がやっているのはこういう「やってみて、見て、また動かす」という素材との会話だと言いました。マニュアル通りではなく、行動しながら考える——この力を「省察的実践」と呼んで、専門家の知恵の正体として描き出した人です。
概要
Donald A. Schon (1930-1997) は MIT 都市研究・計画学科の教授であり、専門家の実践知を研究した。主著 The Reflective Practitioner (1983) で reflection-in-action 概念を提唱し、1992年の論文 “Designing as Reflective Conversation with the Materials of a Design Situation”(Research in Engineering Design 3, pp. 131-147)でこれを設計行為の文脈でさらに精緻化した。
1992年論文の出発点は AI 研究への問いかけである。「設計知識は行為の中の知 (knowing-in-action) であり、実際の設計行為の中で、またそれによってのみ顕れる。それは主に暗黙的 (tacit) である」(p. 131) と述べ、AI が設計者の知を再現するには「機能的等価 (functional equivalence)」ではなく「現象学的等価 (phenomenological equivalence)」— 設計者が実際にどのように設計するかの再現 — を目指すべきだと主張する。
ショーンは設計を「設計状況の素材との省察的対話 (reflective conversation with the materials of a design situation)」として記述する。設計者は設計状況と「取引 (transaction)」の関係にあり (p. 132, Dewey の用語)、状況の要求と可能性に応答しつつ、同時にそれを創出する。この対話は「デザインワールド (design world)」(Goodman の「世界制作 (worldmaking)」に由来) の構築を通じて展開される。
本プロジェクトとの関連
ショーンの seeing-moving-seeing 循環は、抱持の循環構造と「構造的に類似する」とPDブリッジ保持論点で評価されている。原典に照らすと、この類似の核心は「意図しない結果の発見」にある。ショーンは Petra の設計事例で、move(描画行為)が意図した結果だけでなく「意図しない結果 (unintended consequences)」を生み、設計者がそれを発見・評価することで設計が前進すると詳述する (pp. 134-135)。この「意図しないものの発見」は欠損駆動思考の「棄却される誤差を問いとして拾う態度」と深く共鳴する。
ただし、reflection-in-action は外部素材(スケッチ、模型、敷地)との対話を主語とし、抱持の層間再入力は内部の意味更新循環を主語とする。この主語の差は本質的であり、操作的同一視はできないとされている。
また、ショーンの「問題空間は与えられるのではなく、設計者が構築するのだ(the designer constructs the design world within which he sets the dimensions of his problem space)」(p. 141) という主張は、ウィキッド・プロブレムの特性1(問題の定式化と解決の同一性)と直接接続する。
主要な知見・引用
Seeing-Moving-Seeing 循環 (pp. 133-136)
「設計者は見て、動き、再び見る (A designer sees, moves, and sees again)」(p. 133)。視覚的メディア — 主に描画 — を通じて作業する設計者は、「そこにあるもの」を表象の中に見出し、描画し、その結果を見ることで更なる設計を進める。この seeing-drawing-seeing が、ショーンが「設計状況の素材との省察的対話」と呼ぶものの基本単位である。
Move 実験とその評価 (pp. 134-135)
建築スタジオでの Petra の事例: 6つの小さな教室ユニットを「規模が小さすぎて使い勝手が悪い」と「見て」(seeing)、L字型配置に変更する (moving)。その結果、意図した「より重要なレイアウト」だけでなく、意図しなかった空間的特質(inside/outside の分節、ホームベースとなる場所の出現)を「発見」する (seeing)。move 実験は、意図した結果が達成され、かつ意図しなかった結果も望ましいと判断されたとき「肯定される (affirmed)」。
評価的システム (Appreciative Systems)
Vickers (1978) の概念を援用し、設計者の質的判断(何が良く何が悪いかの知覚)は「評価的システム (appreciative system)」に基づくとする (p. 134)。このシステムは個人的だが、move 実験を通じて客観的に検証可能な帰結を生む。
デザインワールドの構築 (pp. 138, 141)
設計者は「問題空間の中を検索する」のではなく、デザインワールドを構築し、その中で問題の次元を設定し、解を発明する (p. 141)。素材の選択・命名・フレーミングを通じて「存在論 (ontology)」を構築する (p. 138)。
プロトタイプの多義性 (pp. 142-146)
Silent Game の実験を通じて、プロトタイプは本質的に多義的 (ambiguous) であり、複数の読み (multiple readings) に開かれていることを示す。プロトタイプに体現されたルールの解読が困難であること、設計者間の相互理解はプロトタイプ・move・記述への「相互省察 (reciprocal reflection)」に依存することを明らかにした。
ソース参照
knowledge/research/design-thinking/design-thinking-integrated.md— 系譜表、reflection-in-action の位置づけ- Schön, Donald A. The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books, 1983
- Schön, Donald A. “Designing as Reflective Conversation with the Materials of a Design Situation.” Research in Engineering Design 3, 1992, pp. 131-147