ウィキッド・プロブレム
高校生向けのやさしい解説
数学のドリルは答えがあって、合っているかどうかも判定できます。でも「町の貧困をどうするか」「不登校をどう減らすか」みたいな問題は、そもそも何が問題かさえ人によって違いますよね。こういう「正解がなく、解こうとした瞬間に問題自体が変わってしまう問題」をウィキッド・プロブレム(やっかいな問題)と呼びます。これに対しては、計算で解こうとせず、議論しながら粘る姿勢が必要だと提案されました。
概要
Wicked problems は Horst Rittel(UC Berkeley, Science of Design)と Melvin Webber(UC Berkeley, City Planning)が1973年の論文 “Dilemmas in a General Theory of Planning”(Policy Sciences 4(2), pp. 155-169)で提示した概念である。論文の出発点は、社会専門職(都市計画者、教育者、公衆衛生官など)が自然科学・工学の問題解決パラダイムを社会問題に適用しようとして失敗している、という診断にある。
Rittel と Webber は問題を「tame(飼い慣らされた)」と「wicked(厄介な)」に区別する。Tame problems は数学の方程式やチェスのように、定式化が明確で解の正否を判定できる。一方 wicked problems は社会計画に固有の性質を持ち、「社会問題は決して解決されない。せいぜい繰り返し再解決されるだけだ(Social problems are never solved. At best they are only re-solved — over and over again)」(p. 160) と述べられる。
論文は wicked problems を tame problems と区別する10の特性を列挙し、さらに社会の多元化(価値の分化、サブパブリックスの台頭)が問題をより wicked にしていると論じる。結論は「計画は政治の一部であり、そこから逃れることはできない(Planning is a component of politics. There is no escaping that truism)」(p. 169) という認識に到達する。
なお、Richard Buchanan (1992) が “Wicked Problems in Design Thinking” で本概念をデザイン思考に接続し、設計を統合的判断の実践として再定位した。
本プロジェクトとの関連
PDブリッジ保持論点の H-4 において、wicked problems は欠損の複数類型が束になった「複合欠損」として記述できるかが保持論点として登録されている。原典の10特性に照らすと、特に特性1(定式化と解決の同一性)と特性8(あらゆる問題が別の問題の症状)は、欠損駆動思考が「棄却された誤差」から問題を読み取る態度と構造的に近い。問題を定義すること自体が解決の方向性を決定するという Rittel の洞察は、欠損駆動思考における「何が欠けているかの読み取り方が介入を規定する」という主張と共鳴する。
ただし、tame/wicked の差を欠損の類型数で測れるかは未検証である。原典が示すのは、wicked problems の困難さは問題間の動的連鎖(一つを解くと別が変化する)と価値の多元性に由来するという点であり、単純な複雑さの量ではない。
また、wicked problems の射程(社会計画 vs デザイン一般)はデザイン思考統合レポートの主要論争の一つである。原典は明確に社会計画・政策問題を対象としており、あらゆる設計問題が wicked であるわけではないという留保は原典自身に根拠がある。
主要な知見・引用
10の特性(pp. 161-167)
- 明確な定式化がない: 「問題を理解するために必要な情報は、その問題を解くための構想に依存する」(p. 161)。「ウィキッド・プロブレムの定式化こそが問題なのだ(The formulation of a wicked problem is the problem!)」(p. 161)
- 停止規則がない: 「問題を解くプロセスは問題の本質を理解するプロセスと同一」であるため、計画者はいつでもより良い解を見つけうる。終了は問題の論理ではなく、時間・資金・忍耐の外的制約による (p. 162)
- 解は真偽ではなく良し悪しで評価される: 多くの当事者が異なる価値観・利害・イデオロギー的傾向から判断するため、「良い」「悪い」「十分」「不十分」といった評価しかありえない (p. 163)
- 解の即時的・究極的テストがない: tame problems と異なり、wicked problems への介入は「事実上無限の期間にわたって波及効果を生む」(p. 163)
- 解の試行はやり直し不可能な一回限りの操作: 「実施されたすべての解は元に戻せない痕跡を残す」(p. 163)。高速道路や教育カリキュラムの例が挙げられる
- 選択可能な解の集合を列挙できない: 解の候補に「これで全部」という証明がない。判断 (judgment) の問題となる (p. 164)
- すべてのウィキッド・プロブレムは本質的に一回限り: 表面的に類似していても、決定的に重要な追加特性が常に存在しうる。解法の類型的転用は危険 (p. 164-165)
- あらゆるウィキッド・プロブレムは別の問題の症状とみなしうる: 問題をどの水準で設定するかは分析者の自信に依存し、論理的に決定できない (p. 165)
- 不一致の説明方法が複数ある: 説明の選択は問題解決の方向を決定する。「分析者の世界観が最も強い決定因子」(p. 166)
- 計画者には間違う権利がない: 科学者の仮説は反証されても許容されるが、計画者は人々の生活に影響を及ぼすため、その免責は適用されない (pp. 166-167)
「第二世代」のシステムズ・アプローチ
Rittel は「第一世代」のシステムズ・アプローチ(理解→情報収集→分析→統合→解決という線形モデル)が wicked problems には適用不可能であるとし、「第二世代」として計画を「論証的プロセス(argumentative process)」として再構成することを提案する (p. 162)。
社会的多元性
論文の第IV章は、社会が均質的な「大衆社会」から多元的なサブパブリックスの集合体へ変化したことで、「公共の福祉」という単一概念が時代錯誤になったと論じる (pp. 167-169)。
ソース参照
knowledge/research/design-thinking/design-thinking-integrated.md— 系譜表 (1973年, 1992年)、主要論争knowledge/research/kesson-bridge.md— H-4: 複合欠損記述との接続- Rittel, Horst W. J. and Melvin M. Webber. “Dilemmas in a General Theory of Planning.” Policy Sciences 4(2), 1973, pp. 155-169
- Buchanan, Richard. “Wicked Problems in Design Thinking.” Design Issues, 1992