茶事における場の共創:「一座建立」の意味空間

高校生向けのやさしい解説

茶道を一度も経験したことがない人でも、本物の茶事に参加すると「特別な場に自分もいる」という感覚を味わえるのでしょうか? この研究は、未経験者12名を含む参加者に実際の茶事を体験してもらい、亭主と客が共に場を作る「一座建立」が成立するかを調べました。結果は肯定的で、釜の音や張りつめた空気などの非言語的な体験が、言葉なしに一体感を生み出していたことがわかりました。

概要

松木孝和・沼田秀穂(2021)は、茶の湯文化の継続を目的として、インターネット予約サイトを通じた体験茶事(主に未経験者対象)において、主と客の間に「一座建立」と呼ばれる場の共創が成立するかどうかを実証的に検討した。香川大学大学院の研究として、NPO法人が運営する専用予約サイト経由で申込んだ14名(うち茶道未経験者12名)を対象に体験茶事を実施し、事後アンケート(26項目・4段階評価+自由記載)を分析した。結果、未経験者との間でも十分な主客の交流が成立し、「一座建立」が実現しうることが示された。

主要概念

一座建立(いちざこんりゅう)

茶の湯における「一座建立」とは、亭主(主)と客が茶事という共有の時空間において互いの存在を認め合いながら場を共に創り上げることを指す。単なるサービス提供でも情報伝達でもなく、その場に集まった人々が共同で意味空間を生成する行為として理解される。茶の湯の本質はこの濃厚な主客の交流にある、と本論文は位置づける。

高コンテクストサービスとしての茶の湯

茶の湯体験は「高コンテクストサービス(high-context service)」に分類される。場の雰囲気・非言語コミュニケーション・文化的文脈への依存度が高く、言語的説明によらない理解が中心となる。茶室・露路・茶道具・点前・濃茶・薄茶・中立など、茶事の各局面は非言語的なもてなしのシグナルを含む。

非言語コミュニケーションによる場の醸成

アンケートの自由記載から、未経験参加者は「茶を点てる張りつめた空気」「釜の湯が煮えるしゅんしゅんという音」「茶筅を振るシュッシュッという音」「わずかな灯りに照らされた空間」など、言語によらない感覚的体験を通じて場への没入と一体感を経験していたことが確認された。

未経験者と「はじめての気づき」

茶道具の意味は未経験者には伝わりにくい一方、亭主が行っているもてなしの細部——「掛け軸が花に代わっていた」「銅鑼の音が良かった」「亭主が次に向けて準備している様子が伺われた」——に多くの客が自発的に気づいていた。これは一座建立が単なる受動的体験ではなく、客が亭主のもてなしに応答することで共創されることを示す。

非日常感と参加障壁の逆転

準備段階での心理的・物理的障壁(服装・持ち物・ふるまいへの不安)は当初は問題とみえたが、アンケート結果は全体的満足度の高さを示した。著者らはこの「少し高いハードル」が非日常への誘いとして茶事体験を強化している可能性を指摘する。緊張感があっても茶事内容への満足度は高く、事前の不安が体験への期待感に転化されるという解釈を提示する。

茶の湯文化の継続という課題

本研究は茶の湯人口の急激な減少という社会的問題意識から出発する。修練者間だけで成立すると考えられていた茶事が未経験者にも開かれうることを示すことで、文化継承のための間口拡大の可能性を論じる。

プロジェクトデザインとの関連

「一座建立」が示す場の共創は、プロジェクトデザイン論の中核概念である「やること(Doing)と起きていること(Being)の両方を含む出来事としてのプロジェクト」と深く共鳴する。茶事という場では、決められた手順(Doing)が進む中で、参加者の間に説明不可能な共鳴・一体感・相互応答という何か(Being)が起きている。この「何かが起きていること」の条件と構造を実証的に問う本研究は、PD が扱う場の質・関係性の深さ・創造的相互作用を理解するための参照事例となる。また、専門性の有無を超えた場の成立という発見は、Love 駆動開発的な視点——関係・感情・意図が駆動する局面——にも接続する。

書誌情報

  • 著者: 松木孝和、沼田秀穂
  • 年: 2021
  • 出典: 香川大学大学院地域マネジメント研究科(Graduate School of Management, Kagawa University)
  • access_status: raw-confirmed
  • オープンアクセス: J-STAGE