コンタクト・ゾーンの技法
高校生向けのやさしい解説
異なる文化の人たちが出会う場は、いつも対等な交流とは限りません。征服する側とされる側のように、大きな力の差がある場所で生まれる接触の場を、プラットは「コンタクト・ゾーン」と名づけました。そこでは弱い立場の人たちが、支配者の言葉を借りながら自分たちを表現する不思議な工夫が生まれます。多様な立場の人が同じ教室にいる現代の学校も、じつはコンタクト・ゾーンなのだ、と問題提起する論文です。
概要
スタンフォード大学の言語学者メアリー・ルイーズ・プラット(Mary Louise Pratt)が1991年にMLA(現代語学文学協会)の年次大会で発表した講演論文。息子のベースボールカードを通じたリテラシー習得の観察から始まり、1613年にアンデスの先住民グアマン・ポマがスペイン国王フェリペ3世に送った1200ページの手紙(『新年代記と善政』)の分析へと展開する。プラットはこの手紙を「オートエスノグラフィック・テキスト」の典型として読み解き、支配文化と被支配文化が衝突・交渉する「コンタクト・ゾーン」の概念と、そこで生まれる「トランスカルチュレーション」の実践を論じる。
主要概念
コンタクト・ゾーン(Contact Zone) 「文化が出会い、衝突し、格闘する社会的空間であり、しばしば植民地主義・奴隷制・その後遺症といった高度に非対称な権力関係の文脈において生起する」と定義される。均質なコミュニティモデルに代わるものとして提案された概念。
オートエスノグラフィック・テキスト(Autoethnographic Text) 「支配者が自分たちについて作った表象に対して応答する形で、被支配者側が自らを記述するテキスト」。グアマン・ポマの手紙はその典型例であり、スペイン語とケチュア語で書かれ、ヨーロッパの年代記というジャンルを流用しながらアンデスの空間象徴体系でイラストを描くという多層的な構造を持つ。
トランスカルチュレーション(Transculturation) キューバの社会学者フェルナンド・オルティスが1940年代に提唱した概念(プラットが引用)。周辺化された集団が支配文化から伝達された素材を選択し、自らの目的のために作り変える過程。単純な同化(acculturation)とは異なる。
コンタクト・ゾーンの技法(Arts) 権力が非対称な接触空間で生き抜くために被支配者側が発展させた表現技法。パロディ、批判、二言語使用、対話的表象(支配者の言語で支配者を鏡映しにする)、断片化、不完全な遵守などが含まれる。
コミュニティモデルの問い直し プラットは教育の場でよく想定される「共通の均質なコミュニティ」のモデルを批判し、コンタクト・ゾーンのリテラシー教育が必要とする新しい技術として、「読者が異なる立場から異なるようにテキストを読む多様性の許容」「批判、対抗的表現、差異の扱い方」「差異の中での楽しみと協力の技術」を挙げる。
プロジェクトデザインとの関連
コンタクト・ゾーン論は PD における「異なる主体が出会う場」の動力学を記述する枠組みとして機能する。PD はプロジェクトを「Doing(やること)と Being(起きていること)の交差する出来事」として捉えるが、その出来事が複数の立場・言語・文化背景を持つ人々の間で生じるとき、コンタクト・ゾーンの概念が問いの解像度を上げる。
グアマン・ポマの手紙は、支配的な形式(スペイン語の年代記)を使いながら従属的なコンテンツ(アンデスの論理)を伝えるという二重構造を持つ。これは、既存の制度や言語ゲームの中でプロジェクトを進めながら、その内部に別の論理を埋め込む設計戦略と共鳴する。
また「トランスカルチュレーション」は、異質な要素が出会う接触面において一方が他方に吸収されるのではなく、相互作用によって新しいものが生まれるプロセスを記述しており、PD の「縁」概念(対立する要素が共存する臨界的な局面)と構造的に対応する。
書誌情報
- 著者: Pratt, Mary Louise
- 年: 1991
- 出典: Profession 91, MLA(後に Ways of Reading, 5th edition, Bedford/St. Martin’s, 1999 に収録)
- access_status: raw-confirmed
- オープンアクセス: PDF(Texas State University)