民族集団と境界(序論)

高校生向けのやさしい解説

「民族」というと、言葉や服装が共通している集団というイメージがありますよね。でも人類学者バースは、民族を特徴づけるのは中身ではなく「境界線」だと主張しました。人が入れ替わっても、文化が変わっても、「私たち/あの人たち」という線引きが続くかぎり、その民族は存続する。だから研究すべきは文化のリストではなく、境界がどう維持されるかのほうだ——という視点の転換を示した論文です。

概要

フレドリック・バース(1969)は本書の序論において、民族集団研究の中心的問題を「文化的内容の記述」から「境界の維持メカニズム」へと転換することを提唱した。従来の人類学は民族集団を文化的特徴の集合体として定義し、その内的均質性と外的差異を記述することに力を注いできた。これに対しバースは、民族集団はメンバーによる自己帰属(self-ascription)と他者による帰属(ascription by others)によって定義される組織類型であると主張する。重要なのは文化的内容ではなく、メンバーシップを規定し維持する「境界」とその生成・維持プロセスである。

主要概念

民族集団の定義の再編

従来の民族集団の定義は「生物学的自己再生産」「共通の文化的価値」「相互作用の場」「自己・他者カテゴリー化」の四要件で構成されてきた。バースはこの定義の文化担持単位としての民族集団観を批判し、民族アイデンティティを文化的類似性の帰結ではなく、社会組織の産物として捉え直す。

自己帰属と境界

民族集団の臨界的特徴は「自己帰属と他者帰属による排他的カテゴリー化」である。民族的アイデンティティは出自・背景によって規定される基本的アイデンティティの一形式であり、性別や階級と同様に所持者のあらゆる活動に制約を与える上位的地位(superordinate status)として機能する。重要なのは文化的差異の客観的な存在ではなく、アクター自身がどの差異を意味あるものとして選択・強調するかである。

境界の持続性

境界は人員の流動があっても持続する。民族的区分は構成員の変化や文化的変容を経てもなお維持されうる。これは民族集団の同一性が文化的内容の不変性ではなく、境界を通じた包含・排除のプロセスに依存することを示す。

多民族社会システム(poly-ethnic systems)

バースは多民族社会を複数の民族集団が共存する組織類型として分析し、各集団間の接触・分離の規則(articulation and separation)を通じて文化的差異が維持される構造を描く。接触が文化の均一化をもたらさない理由は、相互作用を特定の領域(sector)に限定し他の領域を絶縁するルールの存在にある。

生成的視点

バースの方法論的特徴は「生成的視点(generative viewpoint)」である。民族集団の形態を類型論的に記述するのではなく、集団を生成・維持するプロセスを問うことで、動態的な民族境界研究が可能になる。

プロジェクトデザインとの関連

バースの境界理論は、プロジェクトデザイン論が関心を持つ「集団の形成と維持」「内と外の区別」「アイデンティティの社会的構成」という問題群に直接関わる。プロジェクトもひとつの組織類型として、参加・不参加の境界を生成・維持するプロセスを持つ。誰がプロジェクトの「メンバー」とみなされるか、その境界がどのように機能するかは、PD における集団ダイナミクスの理解に接続する。また、文化的内容よりも「アクターが何を意味ある差異とみなすか」を重視するバースの視点は、プロジェクトの文脈でも「何が重要とされているか」という問いに応用できる。

書誌情報

  • 著者: Fredrik Barth(編)
  • 年: 1969
  • 出典: Little, Brown and Company, Boston(初版);Universitetsforlaget, Oslo
  • access_status: raw-confirmed
  • ISBN: 978-82-00-01349-2