幼児は自己映像を「自分のこと」として見ているか?

高校生向けのやさしい解説

鏡を見て自分だと気づくのは 1 歳半頃。でも「5 分前の自分」と「今の自分」を同じ自分としてつなげるのはもっと後——という発達の研究です。こっそり頭にシールをつけられた様子を録画して、数分後に見せたとき、子どもが自分の頭に手を伸ばすかどうかで調べました。4 歳ごろから、時間を越えた「過去から今まで続く自分」という感覚ができてくることが分かった実験です。

概要

木下孝司(2001)は、遅延提示されたビデオ映像を用いた自己認知課題を実施し、幼児が過去の自己映像を「自分のこと」として認識できるかどうかを検討した。従来のマークテスト(鏡映像による自己認知)は現前する自己の感覚的・知覚的認知に留まると指摘し、時間的次元——過去・現在・未来をまたがる「時間的に拡張された自己」——の認知発達を測定する課題を精緻化した。3歳児と4歳児を比較した結果、4歳頃に過去の自己映像を現在の自己状態と結びつけて理解する能力が成立することが示された。

主要概念

マークテストと自己認知の段階

乳幼児の自己認知研究では鏡映像への反応が指標として用いられてきた。反応は「他者への反応(6-8か月)」「鏡映像の探索(10-14か月)」「自己認知(18-24か月)」の三段階に区分される。18-24か月頃に成立するマークテスト通過は自己認知の成立を示すが、これは「今・ここ」の自己の知覚的認知に過ぎない。

時間的に拡張された自己

Nelson(1997)らを参照しながら木下は、「時間的に拡張された自己(temporally extended self)」の発達を問題化する。自己を過去・現在・未来にわたる連続した存在として表象する能力は、アイデンティティ形成の土台であり、自伝的記憶の発生(3-4歳頃)と対応すると考えられる。

遅延ビデオ映像による自己認知課題

Povinelliらの先行研究を発展させ、木下は以下の手続きを採用した。子どもに気づかれずに頭部にシールを装着し、その様子を録画する。約5分後にビデオを再生し、子どもがシールの存在に気づいて頭部に手を伸ばすかを観察する。リアルタイムの鏡映像と異なり、遅延ビデオには現在の動きとの連動性がない。課題達成には「過去の自分に起きた出来事」と「現在の自己状態」の因果的連結を理解することが必要である。

心の理論・パフォーマンス変化理解との関連

過去の自己と現在の自己の二重表象にはメタ表象能力が前提とされ、心の理論(ToM)の発達との関連が期待される。また、「過去にできなかったことが現在できるようになった」というパフォーマンス変化の理解も、時間的に拡張された自己認知と類似した構造を持つ。これらを合わせて検討することで、自己認知発達の多面的な構造が明らかになる。

結果の概要

4歳児の約75%が課題を達成した(シールを取る・頭部に手を伸ばす)のに対し、3歳児では約25%に留まった。この発達差は自伝的記憶の発生時期と対応しており、4歳頃に時間的に拡張された自己認知が成立することを支持する。

関連

「時間的に拡張された自己」の発達的成立は、アウェアネスモデル(as)が扱う自己認識の発達的基盤を示す。過去の自己状態を現在の視点から客体として認識する能力——木下が4歳頃に成立するとした——は、内受容感覚と自己観察を通じた awareness の深化の前提条件として位置づけられる。

書誌情報

  • 著者: 木下孝司
  • 年: 2001
  • 出典: 神戸大学発達科学部研究紀要, 第8巻第2号, pp. 91-100
  • access_status: raw-confirmed
  • オープンアクセス: 神戸大学リポジトリ