抗体多様性の体細胞生成(ノーベル講演)
高校生向けのやさしい解説
「体はどうやって何億種類もの病原体に対応する抗体を作れるのか」という謎を解いた利根川進の1987年ノーベル賞講演です。答えは、免疫細胞が育つ過程で遺伝子を「切り貼り」して組み合わせを変えるという巧みな仕組みでした。レゴブロックを並べ替えるように少数のパーツから膨大なバリエーションを生み出せるこの発見は、免疫学の歴史を大きく変えました。
概要
本講演は1987年12月8日にノーベル賞授賞式において利根川進が行ったものである。免疫系が生体内で実際に必要とする抗体の種類は無数に及ぶが、ゲノムはあらかじめ全種類の抗体遺伝子を保持しているわけではない。利根川はこの問いに対して、免疫グロブリン遺伝子が体細胞レベルで物理的に再配列(ソマティック・リコンビネーション)されることにより莫大な多様性が生成されることを分子生物学的手法で実証した。この発見はそれまで謎だった「免疫学的多様性の謎(one gene – one antibody 問題)」を解決した。講演は研究の発端となった1970年代のバーゼル免疫学研究所での経緯から始まり、可変領域(V)・多様性領域(D)・結合領域(J)・定常領域(C)の各遺伝子セグメントが組み合わされて抗体遺伝子が形成される過程を詳述する。
主要概念
ゲノムの再配列による多様性生成
脊椎動物の免疫系は10^8 種類以上の異なる抗体を産生できる。しかしヒトゲノム全体の遺伝子数は推定2〜3万程度であり、抗体ごとに専用の遺伝子を持つことは不可能である。利根川の研究は、抗体を構成するポリペプチド(重鎖・軽鎖)の可変部を担うV・D・J遺伝子セグメントが、B細胞の分化過程においてソマティックに組み換えられることを実証した。これにより少数の遺伝子セグメントの組み合わせから膨大な多様性が創出される。
分子生物学的証明
1970年代後半、利根川はバーゼル免疫学研究所にて制限酵素断片長多型(RFLP)解析を用い、胚系列細胞と成熟B細胞の間でIg遺伝子の配置が異なることを初めて証明した。これは「遺伝子は固定されている」という当時の通念を覆す発見であった。
体細胞超変異とクラススイッチ
V(D)J組み換えに加え、抗原刺激後のB細胞では体細胞超変異(somatic hypermutation)によりさらなる多様化が起こる。また重鎖の定常領域が切り替わること(クラススイッチ組み換え)により、IgM・IgG・IgA・IgEなど異なるクラスの抗体が産生される。
RAG1/RAG2 リコンビナーゼ
V(D)J組み換えを触媒する組み換え活性化遺伝子(RAG1・RAG2)の発見は、利根川の研究が礎となっている。これらの酵素がリンパ球特異的に発現し、特定の組み換えシグナル配列(RSS)を認識して切断・連結を行う。
書誌情報
- 著者: Susumu Tonegawa(利根川進)
- 年: 1987
- 出典: Nobel Lecture, December 8, 1987. Nobel Foundation. In: Bioscience Reports 8(1), 1988, pp. 3–26.
- access_status: raw-confirmed
- オープンアクセス: PDF