遺伝的同化――獲得形質の遺伝
高校生向けのやさしい解説
「練習して身につけた能力は子どもに遺伝しない」というのが生物学の常識ですが、ワディントンの実験はそれに近いことが起こりうる状況を示しました。ショウジョウバエに高温ストレスをかけ続けて選択を繰り返すと、最終的にはストレスなしでも同じ変化が現れるようになったのです。環境への応答が世代を経て遺伝子に「刷り込まれる」仕組みを実験で実証した、エピジェネティクス研究の先駆け的な論文です。
概要
C. H. ワディントンが1953年に発表したキイロショウジョウバエを用いた選択実験の報告。高温ショックという環境刺激に反応して生じる「後翅脈欠損(crossveinless)」表現型を選択し続けると、刺激なしでも同じ表現型が発現するようになることを実証した。この現象は「遺伝的同化」と呼ばれ、環境応答として誘発された形質が世代を経て遺伝子型に取り込まれうることを示す。ワディントンの「カナリゼーション(運河化)」概念と密接に結びつき、発生の安定性と可塑性の関係を論じる上での基礎的知見となっている。
主要概念
カナリゼーション(運河化)
発生過程は遺伝子型や環境条件の多少の乱れに対しても安定した表現型を産出するよう「運河化」されている。この安定性がある閾値を超えると、潜在的な変異が表れやすくなる。
表現型コピー(フェノコピー)
環境刺激(今回は高温ショック)によって誘発される、遺伝子変異が原因でない表現型変化。ワディントンはこの誘発率を選択の指標として用いた。
遺伝的同化のメカニズム
集団中に既存する遺伝的変異のうち、当該表現型の発現を促す変異を選択的に蓄積させることで、最終的に刺激なしでも同表現型が安定して発現するようになる。ラマルク的な「獲得形質の遺伝」とは異なり、既存の遺伝的多様性の選択的固定として説明できる。
上流調節と閾値効果
表現型の発現には閾値がある。選択によって遺伝的背景が変化すると閾値が下がり、以前は環境刺激なしには達しなかった発現水準に至るようになる。
高・低ライン間の遺伝的変異
同一の上位選択ラインから作られた高発現ライン(H)と低発現ライン(L)の比較は、同化後も集団内に相当な遺伝的変異が残ることを示した。
書誌情報
- 著者: C. H. Waddington
- 年: 1953
- 出典: Evolution, 7(2), 118-126
- access_status: raw-confirmed
- DOI: 10.1111/j.1558-5646.1953.tb00070.x