デコヒーレンス、アインセレクション、古典性の量子的起源
高校生向けのやさしい解説
量子力学では電子は「同時に複数の場所にいる」ことができますが、私たちが見る世界はそんなふうには見えません。ズレックはその謎を「デコヒーレンス」という概念で解き明かしました。物体が周囲の環境と触れ合うと、量子的な重ね合わせがどんどん消えて古典的な「確かな状態」だけが残る——これは猫が「生きているか死んでいるかどちらか」にしか見えない理由を説明します。
概要
本論文はウォイチェフ・ズレックが2003年に発表した、量子デコヒーレンス理論の包括的レビュー論文(Reviews of Modern Physics 掲載)である。量子力学の形式体系(ヒルベルト空間)では古典的に見える世界がなぜ生まれるのかという「量子・古典対応問題」を中心的課題として、デコヒーレンス(量子コヒーレンスの喪失)とアインセレクション(環境誘起超選択)の理論を体系化した。環境との相互作用が系の特定の基底状態(ポインター状態)を「選択」し、それ以外の量子重ね合わせ状態を実効的に消滅させることで古典的振る舞いが創発することを示す。さらに量子ダーウィニズムという概念を提唱し、古典的現実が環境中の情報の冗長なコピーとして基礎付けられることを論じた。
主要概念
デコヒーレンス 量子系が環境と相互作用するとき、系と環境の間にエンタングルメント(量子もつれ)が生じ、系のみを記述する密度行列から量子干渉項が失われる現象。シュレーディンガーの猫のような巨視的な重ね合わせ状態が急速に消滅する原因となる。デコヒーレンスの時間スケールは系のサイズとともに指数関数的に短くなる。
アインセレクション(環境誘起超選択) 環境との相互作用の中で、安定して存在し続けることができる特別な状態——ポインター状態——が選ばれる過程。ポインター状態は環境との相互作用に対して予測可能性(robustness)が高い状態であり、測定の「針(pointer)」が指す状態に対応する。ヒルベルト空間の大部分(非古典的重ね合わせ状態)はアインセレクションにより実効的に排除される。
予測可能性の篩(Predictability Sieve) 異なる初期状態の中で最も予測可能性が高いものをポインター状態として特定する方法論的基準。系のダイナミクスと環境との結合の両方を考慮して定まる。
量子ダーウィニズム 古典的現実の客観性を環境中の情報の冗長性によって説明するアイデア。観測者は直接系を測定するのではなく、環境(光子など)が運ぶ情報の断片を傍受することで間接的に古典的状態を知る。多くの環境のフラグメントが同一の情報(ポインター状態の記録)を保持しているほど、その状態は「より古典的」である。ダーウィニズムとの類比は情報の「適者生存」——環境に広まれる情報が生き残る——を示唆する。
環境対称変換不変性(envariance) 量子系のある操作が環境の操作によって打ち消せるとき、その操作に対して系の状態は invariant(不変)である。この「環境対称変換不変性」からボルン則(確率規則)を導出できることをズレックは示した。
書誌情報
- 著者: Wojciech Hubert Zurek
- 年: 2003
- 出典: Reviews of Modern Physics, Vol. 75, No. 3, pp. 715-775
- access_status: raw-confirmed
- DOI: 10.1103/RevModPhys.75.715